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マスタークラス(講師:是枝裕和監督)


TOKYO FILMeX (2011年11月25日 18:00)

1125kore_1.jpg映画分野における若手人材育成事業「タレント・キャンパス・トーキョー2011」(11月21日~11月26日)。このプログラムは世界的に実績のあるベルリン・タレント・キャンパスと提携した企画で、日本を含めた東アジア、東南アジアの映画監督及びプロデューサーを目指す学生が多く参加。11月25日には是枝裕和監督を迎えてのレクチャーが行われた。


是枝監督はまず、テレビのドキュメンタリー制作から映画に転向した頃の自身について「最初の何本かは"色んなものの境界"を気にしながら映画を撮影していた」と語った。デビュー作となる『幻の光』(95)を、親交のあったホウ・シャオシェン監督に観てもらった際に「お前は撮影前に全部絵コンテを描いて、どこから撮るか決めているだろう。役者をどこから見つめるかは、その場に立ってみないと分からないはず」と手厳しいアドバイスをもらったという。当時は、良くも悪くも「映画にしなければ」という強迫観念の様なものがあり「"テレビではない画(え)"作りに意識が集中していた」と是枝監督。それから、自分がもう一度映画に向き合うための「文法」のようなものを組み立て直し、意識して制作されたのが『ワンダフルライフ』(99)だという。


デビュー作『幻の光』で絵コンテの再現になってしまったという反省から、是枝監督はカメラと自分がその場に立ち会う、という感覚で映画を撮ることを意識するようになった。そんな時出会ったのが、その後多くの作品でタッグを組むことになるカメラマンの山崎裕さん。ドキュメンタリー出身で劇映画を撮ったのは『ワンダフルライフ』が初めてだった山崎さんとは、「劇映画の範疇を越えて、カメラの前で何か面白いことが起きていないか?という視点を持って撮影にあたり、"発見すること"を共有できた」という。実はこれが"映画とは何か?"という大きな問いを突き詰めることをあえてしなくなる契機になった、とも語った。


2008年に製作された『歩いても歩いても』は、母親が亡くなった時期に脚本を書き上げた「母との思い出が詰まった非常にパーソナルで、オーソドックスな作品」(是枝監督)。
舞台となった一軒家は、外観は実在の家で、室内はセットを使用した。そのため、「自然の風景とセットの中の光のトーンをどう統一して馴染ませていくかが大事になった」という。さらに「照明スタッフから、自然光で撮影できる箇所でも、人工的な照明を足す必要があることを教えてもらいました。それがセットの光と自然光を繋ぐ役目があり、そのマッチングが全体を通じて行われていることが興味深い。これもひとつの境界・断絶を越えていくテクニックですね」と語った。
監督自身はこの作品で特に「音」に対してのこだわりがあったそうで「音の大小と遠さ近さは連動しない」と前置きした上で、室内で撮ったシーンの音に対して、実際に外で録音した子供の声を、自然に馴染むようにアフレコした、と明かした。
照明や音響のみならず、カメラのポジションについても同様のことが言えるという。
「『空気人形』で組んだリー・ピンビン(台湾)と山崎さんもセットの外側にカメラを置かない。全く撮り方やスタイルの違うカメラマンでも同じ方法を使っていました。今僕が話したのは「自由さと不自由さ」についての話です。カメラがここにしか置けないことは、マイナスなのか?そのことを考えていくことが撮影の現場では大事なこと。これは自分も映画を撮るまでは考えもしなかったことで、この10年間に現場で気が付いたり、反省した結果得たもの。具体的かつ小さな問いの積み重ねが"映画とはなにか?"という大きな問いに繋がっていくのであり、若い皆さんもそうした問いに直面し、作り手としてのスタートを切るのだと思う」


1125kore_02.jpg参加者からのQ&Aに移ると、まずキャスティングのプロセスについて質問が上がった。それに対し、「責任を持って、俳優とともに心中する覚悟が必要です。同じ着地点に向かって映画を共有できるか、ということと、相手をどれだけ撮りたいと思えるか、が大事」と是枝監督。最初の『幻の光』は自主制作で、主役も新人を使いたいと決めたという。主役の江角マキコさんは、篠山紀信氏の推薦がきっかけ。当時は演技経験のなかった江角さんを選んだ理由は、なんと首筋に惹かれたからだとか。「もちろん、彼女には覚悟もあったし、お互い共有できる想いもあった。特に、あの作品は、感情を表現するよりも、日本海を背景に立つ姿に佇まいが欲しかった」と語った。


次に、「出演者と役柄の内容について話し合ったりするのか」という質問には、「役者の会話の端々に出てくる言葉を大事にしているので、話し合いはしない」という答え。脚本は毎日手直しされるため撮影当日に渡すことも多く、実は、俳優同士の待ち時間中に交わされる何気ない会話が盛り込まれることもあるとのこと。「役者は脚本から役柄のすべてを読み取ってくれている」という。


『ワンダフルライフ』や『歩いても歩いても』に共通する"死"というテーマについて訊かれると、「死後の世界や人が死ぬことそのものを描きたい訳ではなく、現実に残された人々が、喪失感をどのように埋めていくのかを描きたい」と説明した。
また、「ドキュメンタリー出身の監督が、脚本や演出方法をどの様に身に付けたのか」という問いには、「もともとは劇映画志望で、ディレクターになる前の20代の頃に『誰も知らない』や『ワンダフルライフ』のアイデアをあたためていた」と監督。しかしドキュメンタリー制作を経験することは、是枝監督の劇映画の形に大きな変化を与えたという。「実際の社会・世界で生きている人に接して、感情や言葉に触れることがいい経験になった。ドキュメンタリーを迂回したことで、作りたいと思う映画の形が変わったし、捉えたいと思っている人間の姿というものが、明確になった。どうしたら、ドキュメンタリーで捉えた人間たちの様に、今日明日を生きている様に撮れるのかを意識するようになりました」


続いて、会話が演劇的にならないようにするには、という質問には、「意味のあることを言おうとしない。難しい熟語を使わない。主語を殆ど使わない。固有名詞を極力排除して「あれ・それ・これ」で表現する」というポイントを上げた。これには、実際の役者・空間・言葉が乖離しない様にするためで、台本も固有名詞チェックなどを欠かさない、と監督。さらに、台本上で3行以上のセリフは演劇的になるので、必ず2行に収めるとのこと。
特に子どもたちには、台本を渡さず現場で指示をするため、台詞をすぐに覚え易いようにこのやり方を考え出したそう。そのような演出を受ける子どもたちには「遊んでいる感覚」を求めるため、時間をかけてコミュニケーションを取り、信頼関係を築いていくという。


是枝監督は、「若い映画の作り手たちが、国や人種の違いを越えこのプログラムに参加し、将来共同制作に繋がるのは、個人レベルだけでなく日本にとっても必要なこと。日本のメジャー映画は国内マーケットでのみ展開されている。現在、大手映画会社は、アジアはマーケットになるとは考えているが、一緒に映画を作っていく仲間だとは考えていない」と当プログラムの意義を伝え、2009年の『空気人形』に日本・韓国・台湾と3か国のスタッフが参加したことを例に挙げて「最初は通訳を介していたけれど、お互いが馴染み、目指している映画のビジョンが共有できていれば、言葉の壁は越えていくものと実感した」と語った。今後もアジア各国との共同制作を目指すという。最後に是枝監督は「若い世代はこうしたビジョンを大事にして実践して欲しい」と参加者に語りかけ、1時間半にも及ぶレクチャーは終了した。


(取材・文:阿部由美子、撮影:永島聡子)






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