『風花』トーク(ゲスト:浅野忠信さん)
TOKYO FILMeX ( 2011年11月25日 18:30)
11月25日(金)東銀座・東劇にて、「相米慎二のすべて〜1980-200全作品上映〜」の最後を飾る作品『風花』(01)が上映された。相米作品の助監督を長年つとめた映画監督の榎戸耕史さんに「相米に最後に演出してもらった俳優さんです」と紹介され、浅野忠信さんが登壇。相米監督との思い出の数々を語ってくれた。
冒頭、「相米さんと出会ってほんとによかったと思っています」と浅野さん。しかし、会う前、噂を聞いて抱いていたイメージは「偏屈なおじさん」だった。『風花』への出演依頼が舞い込んだ時「そういうヘンなおじさんとは仕事したくないな」と思ったが、共演者が小学校の頃コンサートに行ったこともあるほどファンだった小泉今日子さんと知り、「これを断ったらもう小泉さんと仕事ができない」と思って受けたのだそう。
その後、浅野さんの絵の個展を訪れた相米監督は「『風花』、よろしくね」と一言。第一印象は悪いものではなかった。2回目に小泉さんも含め数人で会食したときの様子を、浅野さんはこう回想する。
「ごはん食べてたら、いきなり「浅野くんはバカだからちゃんと台本読んできてくれ」って。こんなこと言うなんてやっぱりこの人おかしいんじゃないかなって思った(笑)。でもとても愛情のある言い方で。(人が言わないようなことを)ストレートに言われたときに何かがすごくほどけて、これは面白くなりそうだと思ったんです」
現場に入った浅野さんを待っていたのは、ふつうの「段取り」から入る撮影とは全く違う方法。「「好きなことやってくれ」と言われて、僕と小泉さんがひたすら好きなことをやるんです」。そういった経験が初めてだった浅野さんは、「それこそが僕のやるべきことだった」と感じたという。「僕らがゼロから考えたその役に真っ向から挑んで、スタッフも僕たちの芝居を見て、こう撮ろう、というのを考える。監督はしっかり時間かけて「まだ面白くなるだろう」と、具体的なヒントは全く与えない。ひたすらやっていく中で僕らから生まれるものを尊重してくれて「じゃあそろそろ撮ってみるか」。初日にそれを味わって、嬉しくて嬉しくて」。
自由に演じていた浅野さんのところに、ある日監督がやってきてこう言った。「お前はさ、ほんとはキョンキョンが美しく「成る」ための俺の駒になるはずだったんだ。でもお前は全く俺の思い通り動かないから今日からお前のことを"敵"と呼ぶ」。浅野さんの自由な演技は監督のうれしい計算違いだったようで、浅野さんには"敵"も愛情のある一言だった。「"敵"は一発目しか良くないから、キョンキョンのために、その一発目をずっとやってくれ」と監督。そんなふうに、浅野さんは最初にやった演技が冴えている、という演技の特徴を見抜き、「いいところを引き出しくれるし、つまずいても、それをひっくり返してくれたり。だからやってて面白いことの連続なんです」と浅野さんは振り返る。
また、あるとき監督に「お前、今日絶対面白い芝居しろよ」と言われ、「僕は毎日それを心がけてますよ」と応じると、「でも今日はみんなを笑わせなくちゃいけないんだ」。「(一生懸命)やってると、「もっとだよ」みたいなこと言われるので、「何なんですか、今日は」って聞いたら「お前でワインを賭けてるんだ」って言われて(笑)」
そんな「ふつうの現場では味わえない」撮影の中、椎名桔平さんが急遽出演することになったシーンも、浅野さんにとって、またしても初めてのことを経験する場になった。監督に「あした空港で撮るから、お前ちょっとホン書いてきて。桔平くんの役、お前が考えてきて、俺が撮るから」と言われ、「えー!?俺がですか?」と浅野さんが驚きつつも書いた空港のシーンはそのまま採用された。
現場以外の所でも、浅野さんは相米監督の大胆なところを目撃している。カナダの映画祭に2、3日の予定で監督と一緒に行ったときのこと。空港で待ち合わせた監督の荷物はなんと紙袋ひとつ。到着して飛行機から降りるときに紙袋が置いたままなので「監督、紙袋忘れてます」と言うと、「もういらねえんだ。パンツとか入ってるけど着ないから」。浅野さんがどうするんだろうと思っていると、プロデューサーに「ちょっとパンツ買ってきてくれ」。浅野さんは「映画以外でも、生きてる中で、自由ってことを監督から教えてもらって、そういうことが今でも忘れられない」と語る。
その"自由"のみなぎった現場で「自由に自分の思いをひとつの台本に向けていいんだということを教えてもらって、それが頭から離れることは今日までなかった。多分この先もないと思います」。
相米さんが亡くなった後、浅野さんは現場で「つまずいてしまうことがある」そうだ。それは、「相米さんのやり方をどこかで追い求めてしまうから」と分析する。
「僕は監督じゃなくて俳優だから、俳優として相米監督のやっていたことをなんとかできないかと模索しているんです。それは簡単なことではないけれど、そういうことを与えてくれて、今でも中毒にしてくれた監督に感謝しています」
「一人で話すのは実は得意じゃないんですけど、無理を言って、僕は今日一人で立つべきじゃないかと思ってここに立たせていただきました。僕は相米監督が大好きなので、少しでもその思いを伝えたくて...」という浅野さんの思いが、観客席にしっかりと伝わった、そんなトークだった。
最後にこの7日間を振り返って、連日、司会はもとより様々な労をとってくださった榎戸さんからご挨拶と、この特集上映に向けて刊行された『甦る相米慎二』(インスクリプト)、また『シネアスト 相米慎二』(キネマ旬報社)の紹介があった。そして「もう一度観たいという方は名画座でリクエストしてまた相米映画をゆっくり観てほしい。これからも相米映画がみなさんの支持で見続けられたら、本当に嬉しい」と締めくくった。
(取材・文:加々良美保、撮影:米村智絵)
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